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長崎地方裁判所 平成3年(ワ)227号 判決 1992年7月16日

原告(選定当事者)

黒田徳一郎

(他三名)

被告

三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役

相川賢太郎

右訴訟代理人弁護士

古賀野茂見

木村憲正

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告らに対し、原告ら及び別紙目録(一)記載の選定者のために別紙目録(二)記載の各金員、及び、これらに対する平成三年五月二〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、選定当事者である原告らが、時間外労働に対する家族手当付加額を基礎額とする増割賃金を請求する事案である。

(争いのない事実)

一  原告らは、別紙目録(一)記載の選定者らから選定された選定当事者である。選定者らは、いずれも被告会社長崎造船所に勤務する従業員であり、全国一般労働組合長崎地方本部長崎連帯支部長崎造船分会(以下「組合」という)に所属している組合員である。

被告会社は、船舶、原動機、兵器等の製造修理等を業とする従業員約四万五〇〇〇人を雇用する会社である。

二  被告会社は、従来、扶養家族を有する従業員に対しその扶養家族数にかかわらず一律に支給する有扶手当を設けていた。その金額は、平成元年三月現在月額八五〇〇円となっていた。右有扶手当は、労働基準法三七条の「時間外、休日及び深夜の増割賃金」の基礎額(以下「時間割賃金の基礎額」という)に算入し、ストライキ等を含む欠務に対してその時間に応じてカットする取扱いであった。

三  被告会社は、平成元年四月、賃金増額に伴い、組合に対し、右有扶手当を家族手当(以下「本件家族手当」という)に改正することを提案した。その内容は、家族手当を基礎額と付加額に分け、基礎額として月額八五〇〇円、付加額として被扶養者の人数に応じて月額五〇〇円ないし三五〇〇円を支給するものとし、右家族手当基礎額は従前の有扶手当と同様に時間割賃金の基礎額に算入し、欠務の時間に応じて控除するが、家族手当付加額は時間割賃金の基礎額に算入しないこととし、かつ、ストライキ等の場合のみは欠務の時間に応じて控除するというものであった。

四  組合は、被告会社の右提案に対し、基礎額と付加額を区別する理由がないなどと主張したが、最終的には、家族手当付加額のストライキカットの点を除いては妥結し、家族手当付加額については、時間割賃金の基礎額に算入しない以上、ストライキ等を理由とする控除はすべきではないと主張した。

五  被告会社は、平成元年六月一五日、右家族手当の改正を含む賃金増額配分について、就業規則である社員賃金規則及び同細部事項の変更を行い、社員に通知するとともに、同月一六日、被告会社長崎造船所の過半数の労働者で組織する労働組合の意見を聴き、同意する旨の意見書を添付して右規則及び細部事項を長崎労働基準監督署に届け出た。その上で、被告会社は、同年六月支払分の賃金からこれを実施し、選定者らの時間外労働に対して家族手当付加額を時間割賃金の基礎額に算入せず、別紙目録(二)のとおり、家族手当付加額についての割増賃金を支払わなかった。

(争点)

一  本件の主要な争点は、次の三点に要約される。

(一) 組合と被告会社間において、被告会社側の前記提案に対し、いかなる範囲で合意が成立したと解されるか。

(二) 家族手当付加額を時間割賃金の基礎に算入しないことが適法であるか。

(三) 家族手当についての就業要則の変更は適法であるか。

二  ちなみに、原告らは右の点について、以下のように主張する。

(一) 被告会社は、家族手当の改正を、原告らの所属する組合の反対を無視して一方的に強行実施したものであり、本件不算入について、労使間にいかなる合意も存在しない。

(二) 有扶手当については、ストライキカットされたものの時間割賃金の基礎に算入されてきた。

(三) 家族手当付加額は、ストライキ等の場合に欠務の日数や時間に応じて控除され、勤務の日数や時間に応じて支払額が変動するから、労働基準法三七条二項にいう家族手当に該当しない。

(四) ストライキカットするにもかかわらず、時間割賃金の基礎に算入しないとの取扱いは、労働基準法上も社会通念上も妥当性を欠き、賃金に関する労働契約上の合意の合理的意思解釈の範囲を超えて許されない。

三  これに対し、被告会社は以下のとおり反論する。

(一) 家族手当付加額のストライキカット及び割増賃金の基礎額不算入の取扱いは、賃金増額配分の内容の一部であった。被告会社は、右取扱いを未妥結のまま切り離して賃金増額分の支給のみを実施する考えはなく、団体交渉の席上でもその意思を明確にしている。

したがって、団体交渉においては、被告会社と組合との間では、賃金増額配分全体について合意に至っていない。

(二) 家族手当付加額は、扶養家族数に応じて金額が異なるという労働者の個人的な事情によって支払われる手当であり、労働基準法三七条二項にいう家族手当に該当する。

(三) 本件家族手当付加額のストライキカット及び割増賃金の基礎額不算入の取扱いは、有扶手当以前の家族手当(以下「旧家族手当」という)の取扱いと全く同様のもので、これについては、被告会社と組合との訴訟において適法性が確認され、あるいは適法性がその判断の前提とされている。

第三争点に対する判断

一  争点に対する判断の前提として、本件家族手当制度の改正に至るまでの経緯及び改正の内容の詳細を認定すると概ね以下のとおりである(争いのない事実を含む)。

(一)  被告会社においては、昭和二三年ころから、就業規則の一部である社員賃金規則中に、ストライキ期間中、その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定を置き、右規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当の削減を行っていた。そして、右旧家族手当の具体的内容は、昭和四八年九月当時以下のとおりであった(書証略)。

『扶養家族を有する社員に対し次の家族手当を支給する。

<1>扶養家族である妻又は不具廃疾の夫

一か月につき 七〇〇円

<2>その他の扶養家族

ア 第一人目及び第二人目 一か月につき 五〇〇円

イ 第三人目 一か月につき 四〇〇円

ウ 第四人目 一か月につき 三〇〇円

エ 第五人目以上 打切り』

右旧家族手当は、時間割賃金の基礎に算入されないが、前記のとおりストライキカットの対象となっていた。

(二)  昭和四七年に至り、組合の組合員らは、被告会社を被告として、以下のような理由から旧家族手当のストライキカットは違法であるとして、カット額の返還を求める訴訟を提起した。

(1) 家族手当(旧家族手当)は賃金中いわゆる生活保障部分に該当し、労働の対価としての交換的部分には該当しないので、ストライキ期間中といえども賃金カットの対象とすることができない部分である。

(2) 家族手当のカットは、労働基準法三七条二項が家族手当を割増賃金算定の基礎に算入しないとしていることの法意に反する。

(3) 通常の場合の労務不提供の場合には家族手当をカットせず、ストライキの場合のみにこれをカットすることは、ストライキに参加した組合員を不利益に取り扱うもので、明らかに組合員の組合活動に対する報復的措置であり労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為である。

右提訴に対し、第一審及び控訴審はいわゆる賃金二分論の立場から原告らの請求を認容したが、最高裁判所第二小法廷は、昭和五六年九月一八日、被告会社では旧家族手当のストライキカットは労働慣行となっていたものと推認することができ、右慣行が労働基準法三七条二項等の趣旨に照らして著しく不合理であるとはいえないとして原判決を破棄したうえで、「被上告人らは、本件家族手当は賃金中生活保障部分に該当し、労働の対価としての交換的部分には該当しないのでストライキ期間中といえども賃金削減の対象とすることができない部分である、と主張する。しかし、ストライキ期間中の賃金削減の対象となる部分の存否及びその部分と賃金削減の対象とならない部分の区別は、当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らし個別的に判断するのを相当とし、上告会社の長崎造船所においては、昭和四四年一一月以降も本件家族手当の削減が労働慣行として成立していると判断できることは前述したとおりであるから、いわゆる抽象的一般的賃金二分論を前提とする被上告人らの主張は、その前提を欠き、失当である」などと判示して、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した(昭和五一年(オ)第一二七三号)(書証略)。

(三)  被告会社は、右訴訟係属中の昭和四九年六月、右旧家族手当を廃止し、有扶手当を新設した。右有扶手当は、扶養家族を有する者に一律に月額二四〇〇円を支給するという内容になっており、時間割賃金の基礎に算入されるとともに、ストライキカットの対象となっていた(書証略)。

その後、有扶手当は増額され、本件家族手当に改正される時点では、月額八五〇〇円となっていた(書証略)。

(四)  次に、平成元年四月の賃金増額に関する団体交渉の際の被告会社と組合との交渉経過は以下のとおりであった(証拠略)。

(1) 平成元年四月六日、組合の賃金増額要求に対し、被告会社は、社員一人平均五五〇〇円の回答を行うとともに、同月二五日、賃金体系の改正及び賃金増額配分の提案を行った。

右賃金増額配分の内容は、賃金増額分五五〇〇円のうち、約一五〇〇円を有扶手当に、残余の原資を賃金体系改正後の職能給にそれぞれ投入し、これらを平成元年六月支払分から実施するというものであった。

そして、右有扶手当の改正は、次のとおりであった。

『有扶手当を「家族手当」に改正し、次のとおりとする。

<1> 家族手当基礎額 八五〇〇円

<2> 家族手当付加額

被扶養者 一人の場合 五〇〇円

同 二人の場合 一五〇〇円

同 三人の場合 二五〇〇円

同 四人以上の場合 三五〇〇円

<3> 家族手当の支給条件及び控除方法

ア 「家族手当基礎額」は現行の有扶手当と同様に時間割賃金の基礎額に算入し、欠務の時間に応じて控除する。

イ 「家族手当付加額」は時間割賃金の基礎額に算入せず、月ぎめの賃金として支給し、原則として時間割の控除は行わないが、ストライキ等の場合は欠務の時間に応じて控除する』

(2) 同年五月二日、組合は、賃金増額五五〇〇円については妥結するとの態度を表明したが、被告会社と組合は、引き続き、賃金体系の改正及び賃金増額配分の交渉を続け、同年六月六日に至り、組合は、「家族手当付加額のストライキカットについては、一審、二審、最高裁の判断を見ても、会社とは別の見解であるので、その点については別の場合でやることとし妥結できない。その他の賃金体系の改正及び賃金増額配分については、会社提案を全て妥結する。家族手当付加額については、時間割賃金の基礎に算入しないのであればカットするな。カットするなら時間割賃金の基礎に入れよ」という見解を表明した。

これに対し、被告会社は、「賃金体系改正については妥結する。賃金増額配分については、家族手当付加額の支給・控除条件について対立があるので、全体を継続交渉とする。賃金増額五五〇〇円については、賃金増額配分について合意が得られないので支払えない」旨を表明した。組合は、さらに、家族手当付加額を時間割賃金の基礎に算入しないことは認めるが、ストライキカットには反対すると述べた。

(3) 同年六月九日、被告会社は、再度、組合に対し、家族手当付加額のストライキカットについての見解を質したが、組合の態度に変更はないとのことであった。そこで、被告会社は、これ以上の協議の進展は望めないとし、また、対立点がこの一点だけであったので、平成元年六月支払分の賃金より、家族手当付加額を時間割賃金の基礎に算入しない取扱を含む賃金増額配分全体を実施することとし、組合にその旨を申し渡した。

(五)  そして、被告会社は、平成元年六月一五日、前記有扶手当の改正を含む賃金増額配分についての就業規則である社員賃金規則及び同細部事項の変更を行い、社員に通知するとともに、同月一六日、被告会社長崎造船所の過半数の労働者で組織する労働組合の意見を聴き、これに同意する旨の意見書を添付して右規則及び細部事項を長崎労働基準監督署長に届け出、同年六月支払分の賃金よりこれを実施した(書証略)。

なお、被告会社においては、同年四月及び五月支払分についても右と同様のストライキカット条項を含む家族手当付加額を暫定的に設けて支払ったものであるが、これに対しては、組合も異議なく妥結している(書証略)。

二  そこで、以上の事実を基に、本件の争点について検討する。

1  まず、前記認定にかかる本件賃金増額配分を巡る被告会社と組合との交渉経緯によれば、組合は家族手当付加額を時間割賃金の基礎に算入しないことは認めたものの、家族手当付加額のストライキカットの取扱いについてはこれに反対である旨表明し、これに対し、被告会社は、右ストライキカットの取扱いを切り離して、賃金増額分の支給はできない旨を表明していたのであるから、右交渉においては、被告会社と組合との間では、本件家族手当の内容について妥結していない、すなわち合意に至っていないというべきである。

したがって、右交渉から、原告らに、ストライキカットの取扱いと切り離した意味での家族手当付加額についての賃金請求権は発生していないと解さざるを得ない。

2  しかし、被告会社は、組合の反対を押して提案どおりの内容で家族手当の改正を行うこととし、就業規則である社員賃金規則及び同細部事項の取扱いの変更を適法な手続を経て行った。

右変更の内容は、従前はその全額が時間割賃金の基礎額に算入されていた有扶手当を、家族手当に改め、基礎額部分はこれまでどおり時間割賃金の基礎額に算入するが、付加額部分は算入しないことにするというもので、他方、ストライキカットについては両部分とも従前の取扱いを変更しないというのであるから、これを制度全体としてみると、労働者にとって就業規則の一方的な不利益変更であるといえなくもない。

そこで、右付加額部分を時間割賃金の基礎額に算入しない取扱いが合理的か否かについて検討する。家族手当付加額は、右一(四)(1)記載のとおり被扶養者の人数を基準として算出し、基礎額に付加して支給されるものであって、労働者の個人的な事情に基づいて支給される性格の手当であること、ストライキカットの対象となる範囲については当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らして判断すべきものであって、家族手当付加額がストライキカットされるとしても、それによって右のような性質が変わるものではないことから、家族手当付加額は労働基準法三七条二項にいう家族手当に該当すると解される。しかも、時間割賃金の基礎額に算入される家族手当の基礎額部分の金額は月額八五〇〇円であって、従前の有扶手当の金額と同額であり、算入額そのものの切り下げはなされていないこと、及び、組合も最終的には右不算入それ自体はやむを得ないとしていることなどを考え合わせると、右のような家族手当付加額を設けるに当たってこれを時間割賃金の基礎額に算入しないとすることにはそれなりに合理性があるというべきである。

もっとも、右家族手当の付加額部分は、時間割賃金の基礎額に算入されないのにストライキの場合には欠務の時間に応じて控除されるということになるのであるが、この点は、昭和二三年ころから行われた旧家族手当の取扱いと同じであって、これが一般的に不合理で違法であるとまでいえないことは、既に右旧家族手当のストライキカットについてなされた前記の最高裁判所の判決(昭和五一年(オ)第一二七三号)で前提とされているとおりである。

したがって、前記就業規則の変更は適法になされたというべきであって、以後原告らと被告会社の関係は、右就業規則の定めるところによることになる。

3  なお、右改正において家族手当付加額は役職手当等の月ぎめの手当と同様に取り扱われることとされた結果、一般の欠務の場合には控除の対象にならず、ストライキ等による欠務の場合にのみ控除の対象になるのであるが、家族手当付加額の賃金の一部である以上、ストライキ等の場合に不就労の時間に応じて控除されると定められること自体はもともとやむをえないことであること、他方、一般の欠務の場合に控除の対象にならないとされたのは、被告会社において、家族手当付加額を時間割賃金の基礎額に算入しないとしたこととの均衡を特に配慮した結果であると解されること、そうだとすれば、ストライキ等による欠務の場合には特に右のような配慮を加えず、前記のように昭和二三年ころから被告会社において一貫して行われてきたストライキカットの取扱いをそのまま継続したからといって、特にストライキ等をことさらに嫌悪し不利益を課したものであるときめつけることは相当でないこと等の諸点を総合して検討すると、一般の欠務の場合とストライキ等による欠務の場合との前記取扱上の差異をもって、直ちに不当とまではいえないと解される。

したがって、本件家族手当付加額をストライキカットする一方で、時間割賃金の基礎額に算入しない取扱いが違法であるとはいえない。

四  結論

以上のとおりであるから、前記就業規則の改正は適法になされており、改正後の就業規則に基づいて行われた本件家族手当付加額を割増賃金の基礎額に算入しない取扱いは適法であるというべきである。

(裁判長裁判官 江口寛志 裁判官 井上秀雄 裁判官 森純子)

別紙(略)

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